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1.はじめに
高橋節郎館のアトリエには、漆を乾かす為の設備(風呂といいます)があり、毎年、夏と秋頃に漆講座を行っています。私がこの講座の講師をするようになって、今年で8年目になります。
また、触って楽しむことのできる、笹井史恵 漆作品展「愛しきかたち」(2009年1月6日-3月1日)を豊田市美術館で開催させて頂きました。私の作品は、丸いフォルムと漆のしっとりとした艶を生かして、植物や動物、こどもから発展してゆく、可愛らしさ、愛らしさを表現しています。
今回、もっと漆が身近な存在になるようにと、漆に関するあれこれを書かせて頂くことになりました。第1回目は京都編で、2009年6月24日に取材しました。
「愛しきかたち」展(2009年)より
2.漆屋さん
まず、「堤淺吉漆店」を訪問しました。京都の仏光寺近くにある漆屋さんです。
店舗のショーケースには漆道具が並べられており、案内され奥に進んで行くと、漆の精製が行われていて、漆独特の甘酸っぱい香りがします。
漆は、漆の樹の「樹液」です。幹に傷を付け、傷口から沁み出た樹液を採取します。
漆が採れる樹木は、インドより東側の地域、タイ、ベトナムなどの東南アジアから、日本、中国、韓国などの東アジアにかけての地域にのみ、分布しています。
堤淺吉漆店

漆と他の塗料との大きな違いは、乾くために適度な水分(湿度)と温度が必要だということです。
一般的に使われている塗料の殆どは、塗料に含まれている水分や溶剤が蒸発することで乾きます。しかし、漆はまわりの空気が乾燥していると乾きません。
漆は、漆の主成分であるウルシオールの中の、ラッカーゼという酵素の働きで、空気中の水分と酸化重合して固まります。漆が乾きやすい湿度(約70〜80%)、温度(20〜30℃)は、この酵素が活発に働く、湿度と温度なのです。
樹から採取し、乾くために水分と温度が必要な漆は、本当に生き物みたいだと思いませんか?!

堤漆店の作業場に入ると、ちょうど生漆(きうるし)を「なやし」て「くろめ」て、塗用のとろりとした漆を精製しているところでした。
生漆はカフェオレのような乳白色をしていますが、空気に触れたところから酸化して、茶色ぽくなります。
また、「なやし」とは、漆をよく撹拌して、漆の性質を均一にすることで、「くろめ」とは、天日や熱を与えて水分を飛ばすことをいいます。

生漆
 
黒漆を精製中

「なやし」「くろめ」はとても大変な作業で、昔は漆を使う人が各自に、太陽の下で巨大な桶に漆を入れて、斜めに固定し、木篦で1日かけて撹拌していました。いまでは、写真のように、機械での精製が殆どで、大きな金属製の桶を使い、上方から電熱器で暖めながら、桶の中の羽をまわして、漆をかき混ぜています。
撹拌が十分に行われないと、艶の上がりが落ちるそうです。

漆の作品を作っていると、「漆の色はどうやってつくるの?」とよく質問を受けます。
「なやし」て「くろめ」た状態の精製漆は、透明な飴色の漆となります。
これに顔料を練り混ぜ、色漆にします。
水酸化鉄を加えて反応させ、黒くしたものが黒漆です。
「練り混ぜ」には、鉢練り式と3本ロール式の方法があります。

鉢練りによる色漆練り
3本ロールによる色漆練り
 

3本ロールによる色漆練りは、大量に練るときや短時間で練るときによいです。ただし、練った後の機械の掃除に、時間がかかります。とくに呂色仕上げ(ろいろしあげ)にする時は、3本ロール練りの方が、艶の上がりがよいそうです。

漆の精製は各店舗で微妙に異なり、企業秘密であることも多く、限られた範囲での取材でしたが、副社長さんからは専門的なお話もたくさんお聞きすることができ、とても興味深い訪問でした。

3.蒔絵筆の職人さん

次に堤淺吉漆店から歩いて5分程の、蒔絵筆制作「村田九郎兵衛」さんの自宅兼、仕事場に伺いました。一見、普通の京都の町家なので、方向音痴の私は記憶をたどりつつ、迷いながら、15分かかって到着しました。
作業場はコンパクトですが、機能的でとても使い込まれていて、木の床には艶が出ていました。村田九郎兵衛さんは、とても穏やかな感じの方で、お茶とお菓子でもてなしてくださいました。

作業机
蒔絵筆に用いられる毛は、白ネコ、クマネズミ、タヌキなどです。
中でも、琵琶湖周辺に生息するクマネズミが最も良いとされています。毛皮の部分だけ、魚の開きのように保管されていて、触ると手に脂がつきました。
クマネズミは、毛の生える場所によって、使われる筆の種類が異なり、背中の毛は細い線を描く、本根朱筆(ほんねじふで)、わきの毛は本根朱筆より少し柔らかい、先白筆(さきしろふで)といいます。
また、獣毛の毛先には、水毛(みずげ)という半透明な部分があります。これは蒔絵筆の先端部分の穂先にあたり、この水毛が整っていることがとても大切です。
毛は、真鍮の櫛で何度も梳いて、短い毛を取り除いていきます。
クマネズミの毛皮の"開き"
使い込んですり減った真鍮の櫛
日本の白ネコの毛は、三味線用の皮からむしったものです。
中国から輸入された白ネコの毛は、きちんと束になっていますが、最後の仕上げのときに癖が出て、曲がってしまったりすることもあるとか。
ちなみに黒いネコやトラジマなどの、白以外のネコでは、水毛がきちんと揃っていないので蒔絵筆には適さないそうです。
日本産の白ネコの毛
中国産の白ネコの毛
 
選り分けた毛を「踊り子」という、10円玉くらいの大きさの象牙の筒の中に入れて、周辺を手で叩いて、筒を躍らせて、穂先を整えます。
この「踊り子」という名前が京都らしいですね。
踊り子
このあと、何度も櫛で毛を梳いて整え、筆1本分の毛を束ね、軸に入れていきます。
気の遠くなるようなたくさんの工程を経て、蒔絵筆は出来上がります。
蒔絵筆は、蒔絵師さんが穂先と軸を取り外し、穂先の長さを調節できるように、軸が3重構造になっています。
蒔絵筆の3重構造
蒔絵筆いろいろ

作業机が向かい合わせにもう1脚あったので、尋ねてみると、20年程前まで先代と向かい合わせで作業されていたそうです。現、15代、村田九郎兵衛さんの後継者は未定とのことで、今は、向かいの席は空席です。
毛を梳く為の真鍮の櫛や、踊り子など、「筆を作る為の道具」を作る職人さん達も後継者不足だそうです。

4.おわりに
漆を採る「掻き子」さんだけでなく、道具づくりの職人さんの後継者も不足しているのだなと実感させられました。
 
次回は茨城編。漆を採る「掻き子」さんを取材します。